音が静かに流れてゲームの終わりを告げた。
あくびを1つ出して、退屈しのぎに問いかけでも、と思った。
そう、あれは単純な退屈しのぎだった。
廊下は静かで声が響くようだ。こっそりとノイを呼ぶ。
((( )))はいはーい
ノイズ交じりの声でどこからともなく現れた。
そして俺は、疑問を問いかける。
「そういやさ、いわゆるマスターって、見た事ないけどどこにいるの?」
((( )))・・・・・・
少し考えるような素振りをした後、答えてくれた。
((( )))連れてきましょうか?
「えっ?」
その答えは予想外。会えるなんて思わなかったから。
((( )))ちょっと待っててねー。
俺の答えを聞く前に移動するノイ、その間にリビングに移動する。
? 普段なら誰かいるんだけど、誰もいない。みんな部屋でゲームしてるのかな?
キョロキョロしていると、来た。明らかに異様な空気をまとった人が。
((( )))やあ、一応初めまして。掬音ヒカルくん。
なぜノイがしゃべるのか、そもそもこの人性別どっちだ、なんか楓組さんに似ている、てか腕なくね?
などと言う疑問がグルグルと頭を駆け巡り、無言でいると彼?彼女?はソファに座って話をつづけた。
((( )))失礼、こちらはあまり喋れないものでね、ノイジを通訳にしているんだ。
「ああ、なるほど」と頷く。その人は続ける。
((( )))さて、だいたいはわかるから、君が頭に思い浮かべる疑問をどんどん言っておくれ。こちらはどんどん答えるから、遠慮なく、ね。
と、言われたので、向かい側のソファに腰かけ、どんどん質問することにした。
「えっと、性別は?」
((( )))さあね。
「両腕がないように見えますけども?」
((( )))きっとどこかへ落として来たんだよ。
「そのマスクは?」
((( )))風邪気味だから、ではないね。
「・・・・・・俺とはいったい何ですか?」
((( )))・・・・・・
少し前までおちゃらけていた表情が急に険しくなった。どうやら、真剣モードになるのはこの質問らしい。
「あなたはいったい誰ですか?そもそも、マスターとは?」
((( )))マスターは君たちに歌を与える人の事、かな。僕はマスターと言うよりこの世界の管理人、だろうか。
((( )))まああれだよ、生みの親と育ての親の違いだと思ってくれればいい。
「じゃああなたが育ての親?」
((( )))そうだね。
「なら僕の生みの親は?」
((( )))・・・・・・寂しいかい?
「んー、寂しいというよりは、どんな人なのかなって。あ、あと、俺は今この家に居候してて、毎日楽しいって手紙を書きたい」
((( )))それはよかった。
なんだかほんのりと顔が優しくなったような気が?
((( )))さて、最初に言うと、君は世界の本質を知る気はあるかい?
「? よくわからないけど、ありますよ」
((( )))そうか、じゃあ話そう。
俺はゴクリと唾を、いやミルクティーを飲んでワンクッション。
そして話してくれたのは、この世界の事。
((( )))まずはっきり言おう、掬音ヒカルと言う人物はたくさんいる。
「・・・・・・は?」
((( )))そしてそれらが、微妙に何かが違う。君の場合は、オリジナルの掬音ヒカルと違い、少々クールで冷静かもしれない。
((( )))少々この世界のマスター、こちらに影響されているのかもね。
「いやいやいや、意味が解らないです」
((( )))だろうね。じゃあ簡単に説明すると、ここに何がある?
その人の視線の先を辿ると、テーブルの上に置かれた2つのコップ、それぞれにミルクティーが注がれている。
「・・・ミルクティーですね」
((( )))違いはわかるかい?
「? いいや全然」と、少しオーバーリアクション気味に返事。
((( )))こちらのほうは、少々紅茶多めミルク少な目だ。
「あー、そういわれればちょっと色が・・・ってわかんないですよ!」
ノリツッコミ気味になったのがちょっと受けたのか、少し笑っているみたいに見える。
((( )))つまりはそういう事だ。
((( )))同じ名前、だけど少し違う、それはその場所によって変わり、わかりにくいものだ。
「・・・・・・」
((( )))別の世界での君の人生は、時にはウフンアハンやグッチャゲロンヌな事もあるだろう。
「それ・・・は、マスターのルールに反するのでは?」
((( )))よく言う話だ、『ばれなければ大丈夫』
((( )))誰にも見られないとこで、誰にも言わずにこっそりやるものだよ。
「・・・あなたは。やっているのですか?」
((( )))ははは。
「・・・・・・」
((( )))まあ、そういうことをしたければ誰にも迷惑が掛からない、それこそ非公開の中でね、ってね。
「・・・俺は、俺ですか?俺は、なんて名乗れば?」
((( )))難しいね。と言うかややこしいね。
((( )))うーん、一応この世界の管理人はこちらだけど、この家の管理人は暁さんだし、「楓さんちの掬音ヒカル」じゃないかな?
「・・・・・・この世界、とは?」
この話を続けるのはちょっと頭が痛くなりそうなので、別の話に。
((( )))簡単に言えば、ここはひとつの世界だ。
((( )))君たちがこの世界のこの家で暮らし、自由に歌う自由気ままな日々を過ごす。そういう世界。
わかったようなわからないような、と首をかしげる。
((( )))この世界は1つの家が軸だ。だけど別の世界は、サーカス一座だったり、アパートだったり、どこかのお城だったり、マスターごとに世界はたくさんだ。
「えっと・・・ほかの俺と出合う事は可能ですか?」
((( )))・・・こちらにあまりそういった力がないだけで。一応できるよ。
「やってみたい!」
((( )))ははは、こちらの少々クールなヒカルくんと、別世界の・・・そうだね、ちょっと乙女チックなヒカルくん、とかの合唱もできるかもね。
「うわー、面白そう!」
((( )))それはよかった。
一連の流れを見て気づいたのは、どうやらこの人は俺が、俺たちが幸せだと嬉しいみたい?
「あ、じゃああなたがこの世界にマスターだとして、あなたはなんて呼べばいいんですか?」
((( )))んー、マスターはイコールで産みの親とこちらは解釈しているし、君たちにはデータを渡して好きに歌ってもらっているし・・・それなら仮名でkと呼んでくれ。
「kさん・・・」
これまた男女どちらともとれる名前で、楓組さんと似ているな。
ああ、そうだ。ついでに怒られそうだけどあの話もしてみよう。
「ねえkさん、前にちょっと住民予定票を見ちゃったんだけど、明らかに人外さんがいて、その人も家に住むの?」
((( )))・・・
kさん、複雑な顔してる。やっぱり怒ってる?
((( )))簡単に言えば、本島と離れ小島のようなもの。同じ世界観、だけど別の場所に居てもらうよ。
「なるほど、そういえば楓風さんはアパート暮らしだったし、みんなこの家に集合ってわけじゃないんだね。納得!」
((( )))そうか、よかったよ。
だいぶ俺の緊張もほぐれてきたので、ちょっとまとめてみる。
・俺はほかの世界にもいるらしい。
・俺がやばい事になっても、それは非公開の事であり、本当の俺とは何も関係がない。
・この世界は沢山ある世界のうちの、1つの世界。
・マスターごとに別の世界がたくさんあり、世界ごとに居る管理人はマスターと言う呼び名ではない?
・まだこの家、いやこの世界には住民が増える?
((( )))もう聞きたいことはないかい?
考えをまとめていたら急に話しかけられ、少しびくっとした。
((( )))こちらもノイジもあまり喋る事は得意ではなく、少々疲れてきてね。
「あー・・・ちょっとだけでいいんで、kさん自身の声を」
大丈夫なの?と言いたげな顔で、kさんを見上げるノイ。
kさんは付けていたマスクをはずs・・いや今どうやってマスク外した?!
「あうれうりろうが」
「・・・・・・」
kさんから発せられたのはそんな言葉。守人さんに少し似ている感じだけど、意味のない言葉のような気がする。
((( )))そう、正解だよ。
・・・え?
((( )))こちらの言葉は意味を成さない。喋れない、と言うより君たちにはわからない、が正しかったかな。
「・・・てか、思考読んでません?」
((( )))この世界の管理人だからね。
「ははは・・・」
笑うしかない、そんな感じだった。
((( )))さてさて、こちらは少々疲れてしまったので休むよ。
立ち上がるkさんを見て、俺も立ち上がり「あ、すみません」と言う。
((( )))最後に1つ
「ん?」
((( )))『死的な話は蝶が嫌う。純なる子は純のままで良い』
「??」
((( )))まあ、君に話していない事で、君はまだ知るべきではない事もあるという事だ。
「ふむふむ」
・・・ん?考えて気づいた。2階は俺とミオの部屋が1つに、暁さんの部屋が1つに、常盤音コンビの部屋が1つ。1階はお風呂とかリビングとか。
ノイは幽霊的な感じだからいいとして、この人は、kさんは何処にいるんだろう・・・?
((( )))・・・すまないね、もう時間だ。
その瞬間、1つの疑問が晴れた。kさんの腕だ。
気が付けば、目の前に青い、電脳的で明らかに人ではない腕が目の前にあり、それはkさんの腕だとすぐ分かった。
そしてその腕は、俺の顔を掴んだ、と思った瞬間、俺の意識は途切れた。
消えかける意識で、最後に言った。
「もし・・・よければ、別の世界の・・・俺の生みの親であるマスターに・・・手紙を・・・・・・」
この世界は悲しいわけではない。慣れてしまって、ちょっとだけ退屈になった。
だからそんな事を考えてしまった。だから質問してみた。ただ、それだけ。
別の世界の俺は。どんな感じなんだろう・・・。
『ああ、そうか。少し退屈だったのか。じゃあ次はもう少し工夫してみるよ』
そんな言葉は誰のものか、俺にはわからなかった。
・
・
・
「・・・ル、カル、ヒカルってば!」
「うわっ!」
声にびっくりした。ミオが俺を起こしてくれたようだ。
起こしてくれたようだ?寝てた?なんで?
「・・・頭痛い」
「廊下で寝てるからだよ」と、ケラケラ笑うミオ。
誰かと話をしていた気がする・・・けども、その疑問は言わずに置いた。
「そうだ、暁さんがいろいろ持ってきたよ。町内会の祭りがあったの忘れててさ、行かない?って」
「もしかして、歌も歌える?」
「もちろん!まあ、町内音頭を歌う若者の一部、って感じだけどね」
「歌うのは好きだからそれでもいいじゃん!歌お!」
「うん!」
暁さんがいるというリビングへ向かって走り出す。
途中、ジジッて感じのノイズ音が聞こえた気がしたけど、その時は気にもしなかった。
おまけのこぼれ話
ヒカルくんはどうやらノイジを弟としてみているようだ。
だとすると、あの子はヒカルくんたちにとっての弟妹のような存在になるのだろうか。